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2008年11月15日 (土)

hekc080603データの生成と解釈:ラベルの貼り方

ラベルの貼り方
 突然だが、セッション中、あまりにゲーム的な行動をキャラクターに取らせるプレイヤーに辟易したことはないか? 作品の雰囲気を全く気にせず、数値的な効率だけでプレイする姿に怒りすら通り越して呆れたことはないか? そういうプレイスタイルと言ってしまえばそれまでだが、実は設定の読み方が分からなくてルールや数値操作から先に進めなかった、という可能性はないだろうか? 今回は設定の読み方について考えたい。

公開される真実
 多くのTRPGは一般の出版物として流通している。そのためプレイヤー・GMの区別なくルールブックを手に入れられる。ルールや世界設定のページに目を通せば、ゲーム世界の真実が誰にでも分かるのだ。

 ルールや設定が公開されることでプレイヤーは確信に満ちた態度で最適ルートを進んでいく。しかし彼らが受け持つキャラクターの多くは世界の真理を知る天才でも悟った坊主でもない(そういう作品もあるかもしれないけどね)。

 同じ原理の問題として、ルールブックに謎の存在を載せておいて、サプリメントなどで後から正体を明らかにして行く展開手法がある(いわゆる“公式の謎”方式だ)。このやり方ではGMにも詳細が分からないから使いようがない。そして公開された後は全員が知ってしまう(チャンスがある)。結局使うのは謎が解けた後なのだ。

 この点から言えば電源付きRPGはうまくやっている。システム運用をゲーム機に一任することで参加者は“ルールブック”を読まなくてもプレイできる。GMがユーザー側にいないからシステムを公開する必要がないからだ(全部ゲーム機がやってくれる!)。

真実と常識
 電源付きRPGとはプレイ構造が異なるにも関わらず、メーカーはTRPGでも同じコトを求めているふしがある。クライアント・サーバー形式の作品の場合、メーカーはマスター以外の参加者にゲーム世界の真実を伝えたいとは思っていないようだ。(→hekc080203クライアント・サーバー)

 ではメーカーがルールブックでプレイヤーに伝えたかったことは何か? それはゲーム世界の常識だ。常識とは人間が社会生活を平穏に送るために作り出した“お約束”のことだ。常識と真実は同じではない、しかし全く違うわけでもない。普段の生活に支障がない程度には重なっているのだ。

 微妙な書き分けが必要なのにも関わらず、1つの媒体に2つのレベルの情報が、あまつさえ混在しているのは問題だ。これでプレイヤーに常識だけを読み取れというのは酷な話だ(もちろんGMにはそれ以上、常識と真実の両方が求められる)。

噂の真相
 オフィシャルの記述には多くの場合落とし穴がある。ゲーム世界の誰かが書いたと思われる文体だが記述者が明記されていない。世界を外から見たと思われる記述はあるが住民がそれについてどのように思っているかが載っていない。このような記述からは結果的に何も分からない。結局は「それがどのくらい日常的なことなのか?」から計っていくしかない。

 一番信用できるのはキャラクターがセッション中に直接見たり聞いたことだ。比較的信用できるのは、人々が直接目にしたり、自分ですることに関する記述だ。そこに書かれた通りに住民も思っていると見て良いだろう。そして書物や人づてに聞くであろうことは気を付けた方が良い。それはつまるところ伝聞なのだ。

 一見、キャラクターは多くのことを知っている。しかしそれらのほとんどは本やTV、そして他人から聞いた話だ。自分で見たわけではなく多分そうだと思っているに過ぎないのだ。

 逆に言えば、真実は直接関わった者にだけ明かされる。参加者は「参加者自決の原則」に基づき、オフィシャルの記述がないところは自分で決めること。(→hekc080203参加者自決の原則)記述がないのだから詳細を参加者が決めても構わないと我々は見なす。

データの一般化
 設定の詳細を考えるガイドラインとしては「世界法則」があるが、それだけでは足りない。(→hekc080401世界法則)そこで当倶楽部は「データの一般化」を提案する。

 この提案は「仮面の法則」から派生した。(→Hekc080401仮面の法則)対象が人々に与える印象とそこから引き起こす反応という、キャラクターの外側に属す要素を設定する作業だ。「一般化」とは「一般的に見て」ということで、「ラベルを貼る」の別称で呼ばれることもある。ラベルというぐらいだから大雑把で乱暴なものだ(レッテルでも良いな)。しかしそれで我々は十分だと考える(常識が真実だなんて誰も言ってないぞ)。

 「データの一般化」では対象のコンテンツレベルを調べ、所属するカテゴリーを読み取って新しい名前を付け、人々に与える印象を決める。

コンテンツの3大分類
 TRPGのコンテンツを3つの層の集まりと見なし、ゲームに登場する者はすべて、3つの側面を必ず持つとする考え方がある。コンテンツは底から「コンセプト」「ゲーム用語」「設定・表現」の順に重なっている。

コンセプトのレベル
 システムのテーマ、キャラクターやアイテムのストーリー上の役割・機能、ルール適用の前提やデータの設定意図など、ほかの2つに先立つもので、概念でできた抽象的なレベル。作品を外から見ることで発生するメタ言語でできている。

 ルールブックでは初めの方にRPGの定義と作品が属しているジャンルやストーリーのタイプ、参加者の役割などが載っていることがある(作品の一番基本的な部分はたいてい「はじめに」や「前書き」に書いてある)。

 ゲームの外の言葉なので、キャラクターが口にするが必要がまったくない。しばしば参加者自身の発言で使われる。ゲーム世界にその言葉がある場合、その言葉の一般的な意味で使われる。作品が指す意味でゲーム世界に登場することは基本的にない(メタ言語だからな)。

ゲーム用語のレベル
 ルールやデータの説明に用いられるレベル。キャラクターの能力値や武器のダメージなどのデータ、それらを処理する行為判定やダメージ判定など、基本的にはランダマイザーを使った判定と数値操作に関わる部分だが、最近ではセッションの運営ルールなども含まれるようになった。(→hekc080403効果と演出)いわゆるルールに沿って行なう行為=ゲームの要素でできている。真ん中の層。

 多分今までのルールブックではほとんどがこのレベルで占められていたはずだ。コンセプトと同様、基本的に「ゲーム用語」が表わす概念や存在をゲーム世界の住人が口にすることはない。ただし、ゲームの処理上は必要なので、参加者は頻繁に使用する。

設定・表現のレベル
 ルールブックの世界設定など、ゲーム世界上での具体的な姿形を指すレベル。PCが実際に見たり聞いたりする(要は“舞台”の上にあるもののこと)。文章やイラストでできている。一番上の層。ボックス入りの作品では、よく設定部分(に対応したデータ)だけを分冊にした設定資料集のようなものがあった。

 GMによる情景描写やプレイヤーによる行動宣言など、シーン中の口頭表現も具体性で言えばこのレベルに含まれる(使用技能や達成値の申告とかは除くぞ)。

水面下の言葉
 「コンセプト」「ゲーム用語」「設定・表現」の並びはゲーム中の判断から表現までの課程に対応する。「コンセプト」の段階ではまず大本となる意図の選択を行う。「ゲーム用語」を使ってルールを適用し、「設定・表現」の段階に至れば、プレイヤーは行動宣言、GMは描写でキャラクターを表す。

 段階に応じて言葉を変えながら、参加者の抽象的な意図を、ゲーム世界内にある具体的な表現に変えていくのだ。この流れは前述した「具体化」に相当する。(→hekc080602具体化~内から外への生成)

具体的 設定・表現 =装備肩書    イメージ
 ↑           ↑          ↑
 ↑   ゲーム用語=能力値・技能  数値
 ↑           ↑          ↑
抽象的 コンセプト =スタイル    
イメージ

 例えば銃が1挺がある。何か意図しなければ、わざわざ銃をゲームに登場させようとはしなかったはずだ(惰性でなければな)。判定に使おうとすれば、ルールに対応したダメージや射程などのデータが必要になる。そしてPCの前に登場するためには、名称、姿形、価格、世間の評判といったゲーム世界での設定が必要だ。

 これによってゲームに必要な具体性のレベルが明らかになる。「コンセプト」や「ゲーム用語」のレベルでは、ゲーム世界に登場できない。まだ水面下の言葉なのだ。ストーリーテリングに使えるのも「データの一般化」ができるのも「設定・表現」の言葉からだ。達していないものは「具体化」でそこまで引き上げる必要がある。

カテゴリーの抽出と選択
 「データの一般化」は名前の分析から始まる。それが何に付けられる名前なのかを明らかにして欲しい。例えば、「太郎」は日本に住む人間の男子、それも長男につけられる名前だ。これによって「生物」「人間」「黄色人種」「東洋人」「日本人」「男」「長男」など、その名前が属しているカテゴリーが明らかになるはずだ。

 さらにキャラクターの持つカテゴリー要素を拾い出していく。(→hekc080602種族的キャラクター(カテゴリー))年齢や職業、趣味嗜好、ライフスタイル、人間関係(誰かの親、夫妻、兄弟、恋人)など、先に挙げた以外の様々なカテゴリーに属しているはずだ。

 見つけ出したカテゴリーを組み合わせて新しい名前を作る。通常は社会やゲーム世界における役割を表したもので良いが、シナリオ上での役割やPCとの関係に応じてその都度組み直すこと。新しい名前は固定されたものではなく、強調したい面を引き出すためのものだ。本来の名前がある彼らにとっては一時的な仮称に過ぎない。

機能と役割
 「データの一般化」は、データの生成法で言えば抽象化に属す(「一般化」だからな)。(→hekc080602抽象化~外から内への生成)対象の機能や役割を明らかにすることで成されるものだ。

 「データの一般化」の1つ目の目的は、人々にとってそれは何か? つまりゲーム世界や社会における立場を、対象の持つ機能や役割を通じて明らかにすることだ。これらが明らかになると、現実に中からモデルを見つけられる(はずだ)。するとそれを参考に詳細を考えて行ける。調度「データの最適化」と逆の工程だ(あっちは「一般化」してゲーム世界へ入れる。こっちはゲーム世界にあるものを「一般化」する)。(→hekc080402壁を越える)

 当倶楽部のゲーム世界では、同じ役割を担う者や同じ機能を持つ者は似た姿になる。原理に関わらず機能や役割が同じなら、人々が似た扱いをするからだ。ワープロが電気とシリコンチップで動いていようが、中で小人が働いていようが、字を書く道具でしかなく、機械の車であれ馬が引くのであれバスが移動手段でしかないようにだ(乱暴だな)。

 基本的に当倶楽部において、我々の世界にあるものはゲーム世界にもそれに相当するものがある。そして同じように扱われる。我々にとってすべてのフィクションは現実の影だ。(→hekc080401たくさんの現実)

固有名詞 VS 普通名詞
 カテゴリーは複数の者をくくる共通項という点で普通名詞的だ。新しい名前は普通名詞を組み合わせて作られると言って良いだろう。一旦抽出したカテゴリーも普通名詞に戻るまで分解してみる必要がある。

 設定について口にするときも、出来るだけ固有名詞は使わないで欲しい。固有名詞自身には自と他を分ける以外の意味はない。それ以外は後から加えられた意味でその名前自体とのつながりは薄い。そのとき必要ない意味が引っかかってしまい望まない展開になる可能性がある(ミスリードだよ)。

 普通名詞への分解をせずに固有名詞のままで扱っていると、そこで対象への理解が止まり未消化のままセッションで使ってしまう。意味を絞り込んだ新しい名前を普通名詞から考えることで、彼らが一体何者なのか、もう1度考え直し、扱いのブレを防ぐのだ。

 ものの名前は大事だ。『指輪物語』のトールキンは言葉から世界を作ったというが、それはつまるところものの呼び方、名前から作ったということだ。そして当倶楽部は日本語の、それも普通名詞でゲーム世界を作るのだ。

印象
 文字通り、それを目にしたとき人々が受ける印象だ。まず必要なのは知名度、日常度といっても良いだろう。ありふれているのか、珍しいのか、名前を聞いたことがあるだけなのか、名前すら知られていないのか、業界人しか知らないのかなど、そいつの正体を知っている条件といっても良い。

 補足として金になるか、有名か、危険か、美しいか、文章にできるか、難解か、タブーに触れるか…などの詳細を加えておくこと。

印象への反応
 データの一般化の2つ目の目的は、当初の予定通り人々が彼らにとる態度を明らかにすることだ。なお「設定・表現」に達していない段階ではそもそも反応しようがない(「水面下」だから存在すらしていない)。

 基本的な反応として、キャラクターが該当する知識や経験を持っていないか、詳細に印象の良くないことが書いてあった場合(難解、不名誉、気持ち悪い、手間がかかるなど)、その事柄に触れるには判定などに成功する必要がある。成功しないとキャラクターはよく分からないとか詳細にあった理由でその事柄を避けてしまう。もしくは差し迫った別の用事を片付けている間に忘れてしまう。

 世界にはいろいろと有用もしくは危険な知識が溢れている。しかし人々がそれを知ったからといっていきなり実行したりはしない。それは得たものを確信するだけの見識を持っていないからだ。確信が持てないことを実行する人間は多くはないだろう。仮に信じたとしても細かなノウハウがないのでやはり前途多難である。

 必要に迫られていない人間は、理解に労力がかかることを敢えてしようとは思わない。「印象」の根底にあるのは「既知≒親愛:未知≒不信」の構図である。人々は自分の知っていることを見たがり聞きたがるのだ(分かるから関心を持つのはスタイル形成の一因だが、逆に「何を知っていることにしたいか」を表すのもスタイルだ)。(→hekc0800602負の遺産)

 そしてもう一つ、危険は避ける。もちろん未知の事柄にも好奇心を覚えるが、それは危険が実感できないか、危険がおよばないところに身を置いているからだ。未知なうえに危険であれば躊躇する。例外があるとするなら、準備と心構えのできている場合だけだ(そういうのを冒険者って言うんだろ?)。(→hekc080302冒険者の是非)

真実は霧の彼方に
 実はラベル自体にも重要な効果がある。「データの一般化」の3つ目の目的は事実関係に一定の留保をつけることだ。

 「データの一般化」によって付けられたラベルは、あくまでも世間の常識にもとづいたものであり、いつも中身と合っている必要はない。それは確率的に多いものを表わした「大体において正しいもの」であって、理由さえあれば示されている標準形から外れても問題はない。(→hekc080401例外の法則)

 もともと見た目は表面的な要素しか保証しない(ラベルとビンの中身は一致しない!)。(→hekc080602ビンのラベルと中身)だから後から新事実が発生することもある。実体はルールやゲーム的数値が握っている。しかしその数値でさえ絶対ではない。「一般化」されたオフィシャルのデータは、ゲーム世界で日々起こっている現象や個体の平均値に過ぎなくなってしまうのだ。

 このようなもので、事情が変わる可能性はいつでも残っている。真実が曖昧なのは珍しいことではない。我々の住むこの世界でさえ幾つのことが明らかになっただろう? 本当に大事なことは今でも答えが出ないか、もしくは “ケースバイケース”だ。ルールブックに書いてあることは、ときどきは外れるかもしれないが、大体は合っているので、「そうかもしれない、そうでないかもしれない」と思って流して欲しい。そして本当に大事なことだけを厳密に決めて欲しい。(→hekc080403専門知識の極み)

*  *  *  *  *
 詳しい設定やルールを知らなければ裏打ちある演出ができない。(→hekc080403効果と演出)しかし知っていればつい過剰に反応しかねない。うまくやろうとがんばり過ぎて袋小路に陥ってしまうかもしれない。逆に過適応を恐れていると今度はひらめきや思いつきでするはずだった行動を自粛してしまう。

 「分からないはずの真実が公開されている」、この背反二律もしくはジレンマに、我々は長い間悩まされて来た。しかし「データの一般化」によってとりあえずの、仮の反応ができるようになった。これで済むなら、その流れに従って行動すれば良い(思いつきやひらめきももアリだ)。実態が知りたいときはそれに見合った行動をすれば良い。

  TRPGが電源なしゲームだというのなら、情報を公開した上でなお、実用に堪える枠組みが必要だ。我々にゲームを提供してくれるゲーム機はないのだから。(→hekc080203クライアント・サーバー)

追伸1:基本的に標準形
  何かを書くときいつも困るのは、例外を言い出すと収拾が付かなくなることだ。どうも「ここからはA、この先はB」と線を引くようなデジタルな考え方が我々は苦手なのかもしれない。むしろ中心となる1点、いわば標準形を定め、そこからの距離で判断するアナログな形の方がしっくりと来るようだ。

 今回提案した「データの一般化」はいうなれば、対象の持つ名前を解体して、もともとの姿を探すことだ。当倶楽部はどうも原点(原典?)志向の気があるようだ。ファンタジーや神話的要素を重視するのも、もともとの世界に関心があるからだろう。

 いずれにしても、当倶楽部では今まで以上に標準形(もしくは「基本的に」)という言葉が登場するだろう。

追伸2:猫の鈴
 「データの一般化」の目的、番外編。日常とあまりに異なるものが大手を振って歩かないよう”鈴”をつける。つまり『クトゥルフ』の「恐怖の法則」と同じように、魔術や超常的存在にふさわしい目印を付けて囲い込むことだ。(→hekc080401恐怖の法則)

 前述の通り、同じような機能を持つ者は似た姿を得る。このことは逆に、現実の世界にもフィクションで語られるような者がいる可能性を表わしている。つまり当倶楽部が焦点にする、いわゆる魔術や神に相当する存在が現実の世界にもいるのだ。もちろん単純に神社仏閣に奉られている神仏に力があるという意味ではない。魔術や超常的存在が持つ能力を期待されたものが、現実世界にもいるということだ。

 実力ある呪術など、あまりに現実と異なるものをむき出しのままでゲーム世界に取り入れてしまうと、設定の整合性やルール処理の手間がセッション運営を強く圧迫する。これを防ぐために、人々に認知されているものの、効力の定かでないものの姿を借りるのだ。取り敢えず人々に受け入れられている者の仮面を付けていれば、普段は借りている姿に応じた処理ができ、必要なときだけ詳細を考えれば良くなる。

 また、現実から姿を借りることで、ゲーム世界には無力なものの中に本当に危険な者が潜むことになる。それは同時に、その姿自体が本物かもしれないという警告にもなるのだ(これが“鈴”をつけるってことさ)。

 それに現実に認知されている神仏や魔術をオカルトの一言で片付けてはいけない。そこには社会に定着するだけの経緯と詳細がある。彼らは世界に根を張った存在だ(もちろん効力は不明だけど)。フィクションであるゲーム世界の住人には依って立つものがない。ルーツがあるのとないのとでは表現に大きな差が現われる。この意味で現実との接点は重要だ(「一般化」を忘れずに!)。

キャラクターが
知っていることの多くは
間接的知識である
そうかもしれない
そうでないかもしれない

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